FC2ブログ

(主に)京都ラーメン日記 ときどき麺以外

主に京都のラーメンを食べた記録です。麺食いなのでラーメン以外の麺も食べます。時々麺以外も食べます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

沖縄そばシリーズ其の四 いしぐふー 新都心公園内店

いしぐふー新都心公園内店で「大将の手打ち あぶりソーキそば」(680円)。


この日はいろいろトラブル続きだった。ためにいつも沖縄訪問時には必ず行くようにしている「摩文仁の丘」に行けなかった。これが一番残念。

摩文仁の丘。正直なところ、全ての日本人は一度は訪れた方が良いと思う。唯一の地上戦が展開された沖縄戦では、日本軍及び戦闘に参加した沖縄の人は最後に摩文仁に追い詰められた。そう、ここで集団としての戦闘は終了したのだ。民間人であり、戦闘には参加しないはずの沖縄県民は、ここまで日本軍と一緒によく戦ったという。

あまりに激しい戦闘のため、当時の摩文仁村は人口が半減するほどの被害を受けたと言う。そのため村そのものが存在できず周囲の町村と合併し、その後さらに合併を行い現在では糸満市の一部となっている。

陸軍の司令官であった牛島満氏は、最後に摩文仁に追い詰められ、最後に摩文仁の海を見てから洞窟に引き返し、自決したと言う。彼は何を思って最後に沖縄の海を見つめたのだろうか。


海軍の沖縄根拠地隊司令官であった大田実氏は、最後に海軍次官に送った電報にこう書いた。

沖縄県民斯ク戦ヘリ
県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ


筋金入りの軍人が最後にそう書き遺すほど、職業軍人でも何でもない沖縄県民はよく戦ったのだ。自分の住む土地が戦火に晒されたが故に。


その後大田実氏は自決した。そして沖縄に対する「後世特別ノ御高配」は未だ実施されていない。アメリカさえ認めた「世界一危ない」普天間基地は残念なことにまだ残っており、米軍兵による犯罪は未だに続いている。前の政権は「最低でも県外」と言った公約を容易く破り、沖縄県民の怒りを呼んだ。


今はありがたいことにそれなりの平和を享受している。牛島氏が最後に見たという摩文仁の海はとても美しくそして静かで、本当にあの悲惨な地上戦なんてあったのだろうかという気にさえなってしまう。私はいつも摩文仁の丘を訪れ、ささやかではあるが自分なりの祈りを捧げさせていただいている。



話は飛んだが、昼食を取りに新都心へ。もともとこの場所は米軍の牧港住宅地区であったが、それが米軍から返還されて開発されている。今後の基地返還の一つのモデルでもあろうと思っている。


などと考えながら新都心を歩く。正直ここは沖縄か? と思うくらいきれいに開発されている。全く平和そのものの風景がそこにはあった。モノレールの駅からまっすぐ歩き、気持ちの良い公園を歩いたらここいしぐふーにたどり着いた。

注文はもう考えてあった「あぶりソーキそば」。気持ちの良いテラス席に座り、注文を入れた。

「普通のあぶりソーキそばと、10食限定の大将の手打ちあぶりソーキそばがありますがどちらにしますか?」

と言われ、なんとなく限定に弱い私は後者を選択した。この手打ちあぶりソーキそばで、沖縄そばNo1を取ったらしいと聞きちょっとテンションが上がる。




こちら「いしぐふー」だが、もともと名護市の安部という、とんでもない田舎(大変失礼だが)で開業された。周りには本当に何もなく、向かいに食堂「あぶ」があるくらいで、なんでこんなところに開業されたのだろうと思うくらい何もないところに、ぽつんとふたつの食堂が並んでいたのだ。ちょっと離れた所にはカヌチャがあるので、カヌチャ向けに開業されたのだろうか。極めて謎な店だった。

その時代に何度か訪れたことがある。昔ながらの伝統的なそばが多いやんばるにあって、いしぐふーのそばは洗練されたものを感じ、それから何度か通った。

しばらくして、名護市の中心に支店を開店された。市場の中だったが、すぐに撤退された記憶がある。名護の中心の店は撤退するのに、相変わらず安部にある本店の方は営業を続けられていた。

その後、中南部方面に展開されて行ったのだが、一号店である安部の店はまだそのまま残されているようだ。




などと記憶を辿っているうちにあぶりソーキそばが到着。あぶりソーキは別皿で提供され、山葵と辛子が添えてあった。麺の方はシンプルで、平打ち麺と完全に白濁したスープ、及びネギだけ。

さっそく一口頂いた。平打ち麺は加水率の高そうなぷりっともちっとした麺。この平打ち麺は北部地方でよくみられ、「やんばる発」であるということを思い出させる。そこに誇りを持っておられるのだろうと思う。

スープは沖縄そばに珍しく完全に白濁しており、豚が強く、カツオの風味はほとんど感じなかった。あれ、こんなスープだったっけ? 前回の訪問があまりに前なので忘れてしまった。

あぶったソーキは軟骨ソーキで、しっかりと柔らかく似たものを香ばしく炙ってあり、これは旨かった。面白いことに山葵にも辛子にもよく合う。これはビールが欲しくなる一品。

しかし麺の方はあまりにシンプルすぎて、残念なことに途中で飽きてきてしまった。あぶりソーキをスープの中に投入してみたが大勢は変わらず。

あとで知ったのだが、普通のあぶりソーキそばの方は焼き卵が乗ってくるらしく、そちらの方が少なくとも飽きなかっただろうと思う。次回訪れる機会があればそちらを試してみたい。

これで沖縄そばシリーズはおしまい。沖縄は正直「第二の故郷」であり今後も定期的に訪れると思うので、今回行けなかった店にもまた行ってみたいと思う。




いしぐふー 新都心公園内店

昼総合点★★★☆☆ 3.0



関連ランキング:沖縄そば | おもろまち駅古島駅


スポンサーサイト

沖縄そばシリーズ其の参 丸安そば

丸安そばで丸安そば(300円)。


前日は旧友たちと飲み明かし、楽しい一日となった。友人たちと再会したら、一瞬で沖縄にいた瞬間に戻ることができた。正直なところ、今現在抱えているもの全てを放り投げて沖縄に帰りたくなった。それはなかなか難しいが、いろんな事が落ち着いたらいつか沖縄に帰りましょうね。


朝。宿泊先のホテルで眼を覚ますと、窓の外にはどんよりとした空が広がっていた。ああ、沖縄の空だなあと、かつて沖縄に住んでいた昔を思い出す。


あまり知られていないというか、沖縄人も実は認識していないのだが、沖縄は快晴がほとんどない。私の記憶が確かなら、快晴日は日本で最も少なく年に7日くらいしかなかったと思う。私が沖縄で過ごした空の記憶は、その多くがどんよりとしたものである。

ちょっと脱線するが、日照時間も冬はとても少ない。私が沖縄に住んでいたある年の2月は、ひと月通算の日照時間は約28時間であった。ひと月通算である。日数で割ると、一日の日照時間は1時間弱という事になる。つまり、ほとんど曇りである。


さて、この日も朝からどんより。沖縄に住んでいた時は、朝が最も憂鬱であった。起きても空はどんより、しかもこれから仕事が山のように待っている。起きるたびにため息をついていたことを思い出す。

しかしいまや単なる旅人で仕事があるわけでもないので、気を取り直して朝食を摂りに行くことにした。こういうと申し訳ないのだが、宿の食事には全く期待していない(もちろん例外はあり)ので、私は基本的には素泊まり専門である。そんなわけで朝から外食となった。


宿を出て那覇の街を歩く。朝も早くから店をあけて仕事をしている人がいるが、せっせと働いていたのはほとんど女性であった。私が住んでいた時もそうで、とにかく沖縄の女性はよく働く。本当に感銘を受ける。それに比べて沖縄の男は(以下省略)。


さてお目当てはもちろん麺である。丸安そばは沖縄に住んでいた時も何度か通った記憶があるのだが、なんせ味については記憶が全くない。

農連市場近くの24時間営業の店。今回朝食として再訪することにした。


お店について食券を購入。よく覚えていないので店の名前をそのまま冠した「丸安そば 300円」を注文した。しかし300円は安い。これこそ沖縄の市場値段だと感動する。

maruyasu1.jpg


カウンターの向こうでは通りを突きぬけて、朝早くから働く方が見えた。


朝早いというのに私以外にもお客さんがたくさんそばを啜っている。なんとも懐かしい風景。

maruyasu2.jpeg


お客さんがいない方向を狙って写真を撮ってみた。頭の上には冷房があり、涼しく頂けるようにきちんと配慮されている。



さてすぐに麺到着。具としては骨付き肉とネギのみ。さっそくスープを頂くが、豚の味が結構濃い。麺はごわごわの縮れ麺で、典型的な沖縄そばの麺。スープを一口、麺を一口頂いて、たちまち私は戦後の沖縄に思いを馳せてしまった。たぶんその頃から、このそばは変わっていないのだと思う。茹でて油をまぶした麺。豚臭さが残るスープ。これはまさしく戦後の味なのではないだろうか。


骨付きの肉は、食べた印象ではいわゆるソーキ、あばらではなく、背骨に近い部分ではないだろうか。肉の旨みは残っているが、どちらかというと出汁がらの印象。これで肉の出汁を取っているのだと思う。出汁がらとはいえ骨付き肉が入っているのは正直サービスなのではないか。おいしい肉が食べたければソーキを選べという事なのだと思う。

といっても、300円でこれは正直かなりサービスされていると思う。


戦後復興を遂げた那覇の街の、この辺はかつて猥雑に賑わった頃の雰囲気をよく残していると思う。まるでアジアのようだという感想がこぼれるのは否定しないが、しかし沖縄も、そして日本ももちろんアジアである。

「丸安そば」のそばは、おそらく復興を遂げた時代のそばを色濃く残しているのだと思う。値段も昭和だし、その素朴な味も昭和のまま。そう、昭和の味がするのだ。今食べるともっと旨いそば屋はたくさんあるが、そういう意味では非常に貴重な店だと思う。




丸安そば

昼総合点★★★☆☆ 3.0



関連ランキング:沖縄そば | 牧志駅安里駅美栄橋駅


沖縄そばシリーズ其の弐 すーまぬめぇ

すーまぬめぇで沖縄そば大(550円)。


今回はせっかくの機会なので、新店も開拓しておこうと思い評判の良いこちらへ。私がまだ沖縄に住んでいた時にあったっけ? というのが正直なところ。麺食いなのでアンテナは張っていたのだが、全く記憶にない。


さて携帯のナビを参考に店を探すがこれがまた難しく、結構迷った。やっと見つけたらこれが本当に住宅街の中で、外壁には店の名前と、「てぃんさぐぬ花」の歌詞がしたためられていた。


IMG_1004.jpg



 てぃんさぐぬ花や
 爪先(ちみさち)に染(す)みてぃ
 親(うや)ぬ教(ゆ)し事(ぐとぅ)や
 肝(ちむ)に染みり



沖縄県在住者(沖縄出身あるいはそうでないにもかかわらず)はほぼ100%知っているこの曲は、沖縄県外の人は驚くほど知らない。そんなわけで、ちょっと解説を試みてみようと思う。直訳すると以下の通りである。

 てぃんさぐ(ホウセンカ)の花は、爪先に染めなさい。
 親の教えたことは、心に染めなさい


wikipediaで「ホウセンカ」を見ると、以下のような記述がある。

赤いものは昔から女の子が爪を染めるのに使ったため、ツマクレナイ、ツマベニ(爪紅)の名もある。沖縄では「てぃんさぐ」と呼ばれ、民謡「てぃんさぐぬ花」で有名。韓国では、爪にホウセンカの汁を塗り、初雪まで色が残っていたら恋が実ると言う伝承がある。


つまり、爪を染めるホウセンカを例えに出して、親の教えを守りなさいという歌詞である。私はこの歌詞に沖縄の心を強く感じるのだ。



店の中に入る。中は店というよりはそのまんま「民家の中」で、畳に座ってしばしくつろいだ。

初訪問なので、何も考えず「沖縄そば大」にした。店の中は「店」というよりはまったく人の家という感じで、とても落ち着く。壁には「禁煙でーびる」の文字。ありがたや。やっぱり沖縄は良いなと思う。いつかまた戻ってきたいと本当に思う。


しばらくして「沖縄そば大」到着。黙ってフーチバー(よもぎ)もサーブされたが、周りを見ると誰もサーブされていない。常連と間違われたか? 笑 それとも周りの方々はもう下げられたあとなのか。確かに私の顔は「ウチナージラー(沖縄人の顔)」ですが。笑

どうでもよいが、沖縄に住んでいた時は、よく「今帰仁出身でしょ?」と言われた。いえ生まれも育ちも京都ですよ。笑。苗字も明らかな本土のものです。

あまりに会う人会う人が「今帰仁でしょ?」というので、意を決して今帰仁村に行ってみたら私そっくりの人がたくさんいました。笑。それ以来「ナチジンジラー(今帰仁の顔)」と呼ばれていました。ええどうでもよいですね。


ビジュアルは、澄んだスープに細めの平打ちストレート麺。肉はなんと皮付きの三枚肉が3枚。笑。狙っているのでしょうか。そして特筆すべきは千切りにした生姜。紅生姜が載せられていることが多い沖縄そばで、これは珍しい。

さっそく一口頂く。澄んだ豚とカツオの香り高いスープが旨い! あれ? これどっかで食べたことがある。と思い、麺を引っ張り出したら細めの平打ちストレート麺。加水率の低めのぱきっとした麺は、これは…! 

首里そばとよく似てるんじゃないだろうか。生姜の千切りが添えてあるのもそっくり。しかも私の記憶の中の首里そばより旨い! 思わずお店の真ん中で「いっぺーまーさんどー(むっちゃ旨い)!」と叫びそうになった。

なんと言ってもボリュームが違う。あくまで記憶の中だが。香り高いスープとぱきっとした麺(麺固めで、とか言う無粋な人は沖縄にはおりません)、千切りの生姜。夢中で食べ進んでしまった。

正直私の中で、首里そばはあまり評価が高くなかった。以前近くに住んでいたので何度も通ったが、ボリュームもいまいちだったし県庁に支店も展開されて、ちょっと残念な印象しかなかったのだ。ぱきっとした麺もあまりよい印象がなかった。ただ紅生姜ではなく、千切り生姜であったのが印象に残るくらいであった。


引き合いに出してしまい恐縮だが、こちらはボリュームもあり麺もスープも非常に旨い。皮付きの三枚肉もとろけるような旨さであった。しかもCPも非常に良く。先立って訪問した「てんtoてん」もそうだが、この二つの店は、ある意味沖縄そばの究極系かもしれないと思った。

ちなみにフーチバーだが、途中で少し加えてみたが生フーチバーはやっぱり厳しいな。どうしても「トイレ」あるいは山羊汁の印象があり。そばに合うとは思えませんでした。

沖縄そばはやんばるの方が旨いと思っていたが、ちょっとだけ認識を変えそうになった。今回やんばるの店は訪問していないので、また今度訪問してみたい。


すーまぬめぇ

昼総合点★★★★ 4.5



関連ランキング:沖縄そば | 安里駅牧志駅壺川駅

沖縄そばシリーズ其の壱 てんtoてん

てんtoてんで木灰すば(630円)。

ten to ten

#10/21-31 内装工事のため休業され、11/1から再開されるようです。



とっても久しぶりの訪問で、沖縄に住んでいた時以来なのでおそらく約5年ぶりくらいになると思う。那覇空港からタクシーで直行した。「識名園近くのてんtoてん」で運転手さんもすぐ理解された。参考までに約2000円弱でした。


こちらの店の売りは、灰汁から麺を打つ「木灰そば」であるということと、沖縄そばでは珍しく生麺を使用しているという事である。少なくとも5年前はそうであった。おそらく今もそうであろうと思う。

灰汁から麺を打つのは、実は「やんばる」と呼ばれる北部地方では珍しい作り方ではない。ので、やんばる出身の方にとっては「木灰そば」は珍しくもなんともないかもしれない。この店の独特な点は、むしろ「生麺を使用されている」というところにあると思う。これはさすがにやんばるにはない。


以前に「御殿山」のレビューでも書いたが、「沖縄そばの作り方、及び歴史」については中南部と北部地方では事情が異なっている部分があると考えている。

もちろん、森に囲まれた北部地方では、乾燥した上質の樹を手に入れることは用意だろうし、灰から作った灰汁で麺を打つのはむしろ自然であったと考えられる。その点は中南部と異なっていると思う。

が、一番の違いは「連続性」ではないだろうか。北部はきしもと食堂をはじめ、長く伝統的なやり方を踏襲している店があるが、中南部にないのは、かの戦争が深い影響を及ぼしているのだと考えている。激しい地上戦が行われた中南部では、その多くが灰になり、そばの店やその作り方のみならず、たくさんの古酒も失われた。北部地方では激しい地上戦はなく、むしろ中南部からの疎開先であったため、「連続性」は失われず未だに昔のやり方で麺が作られているのだと私は考えている。


ところで沖縄そばの麺作りに関してであるが、実は手打ちの店でも、多くは朝一番に麺を打ったあと、いったん茹でて、その上に油がまぶされる。これで、あの独特のごわごわした食感が生まれる。

なので、実際にそばを提供する時は、茹でて油をまぶした麺を熱湯で温め直すだけである。ここがラーメンやうどんなど他の麺類との大きな違いで、したがって生麺を茹でて提供する店は非常に珍しかった。少なくともこの「てんtoてん」が出るまでは。

したがって、このお店の出現は非常に衝撃ではあったのだ。




前置きが非常に長くなってしまった。そんなわけで久しぶりの訪問となった。

幸いピーク時間を過ぎていたので、入ってすぐのテーブル席を一人で独占。高い天井に、窓から見える庭の美しさ。非常に落ち着く空間づくりである。相変わらずの「てんtoてん」ワールドに安心する。

入店すると、まず水が提供されるのは他の店と同じなのだが、何気なくその水を口にしてとても驚いた。柑桔系の香りと、口にしたときに広がる酸味と甘み、そして独特の芳香。一見よくあるレモン水に思えるが、明らかに違うこのフレーバーはおそらく「レモングラス」だ。これは旨い! 全国の麺屋で、レモングラスの水をさりげなく提供する店はどれくらいあるのか? 実際ほとんどないであろう。この時点で深い感動を禁じえない。


5年前もそうだったっけ? と、年々衰える記憶を蘇らそうと唸ったが、結局思い出すことはできなかった。


レモングラスに感動していると、すぐに麺がサーブされた。さっそくスープを一口頂いたが、豚+カツオの旨みがよく出た美しいスープはとても旨い! 麺は平打ちの縮れ麺で、噛みしめるとモチモチしている。やっぱりこれは生麺ならではだな。油にまぶすのが当たり前だった沖縄で、これは素晴らしい挑戦で、しかも実を伴っている。


肉も沖縄そばでは当たり前のように三枚肉が出てくるが、こちらの肉は三枚肉ではない。おそらくロースではないかと思うが、ほとんど脂身のない赤身の肉。これもまた珍しい。

他の具はかまぼこと紅生姜とネギと、極めて平凡。特にどこに行っても紅生姜が付いてくるのには閉口する。以前住んでいた家の近くにあった首里そばは紅生姜ではなく針のように細かく切った生姜が乗っていたが、こういったような工夫は出来るのではないだろうか。


しかし総じて旨かった。久しぶりの沖縄そばを堪能し、一瞬にして全てが、沖縄に住んでいた時の沖縄モードに戻った。また沖縄に来た際にはぜひ訪れたいと思う。



てんtoてん

昼総合点★★★★ 4.5



関連ランキング:沖縄そば | 安里駅


御殿山

からっ梅雨で早すぎる夏がやって来たため、早くも夏バテしてしまった。おかげで素麺くらいしか喉を通らず、ろくに食事ができていないので、沖縄の店レビューでお茶を濁すことにしました。


いろいろ思うところがあって、沖縄で生活していた時の食事記録を残しておくことにしました。観光で訪れた店ではなく、住んでいて幾度となく訪れた店のみに絞っています。少し前の話になり、今とは少し異なるところもあるかと思いますがご了承くださると幸いです。


御殿山(うどぅんやま)で沖縄すば。


沖縄では転勤もあったので沖縄各地を転々としたのだが、結論から言うと沖縄そばの名店は本島北部のいわゆるやんばるに集まっていたと思う(異論はもちろん認めます)。そばに関しては、中部には正直ろくな店がなかった(屋嘉そばくらいかなあ。しかも宜野座に移転されたそうなので今はほぼやんばる)し、南部には面白い店はあったが、個性的な麺を挙げていくとやんばるにはかなわないと思う。


そんな中、南部で数少ない通い詰めた店がこちらの御殿山。もうひとつうめ~屋にも通い詰めたがこちらは現在行方不明になっている。

御殿山は首里の山の上に位置している。山の上の、昔ながらの沖縄民家。とはいっても首里なので、元はそれなりの名家だったはず。店内はとても落ち着いた雰囲気で、首里を一望しながら頂くそばはしみじみと旨い。

出汁はもちろん豚+カツオ。灰汁で打ったという麺はそれなりの風味があるが、やんばるの森に囲まれた北部と比べるとそのハンデは大きそうだ。きしもと食堂は、今でもやんばるの森に生えるイジュの樹から灰汁を作って麺を打っているが、そういった意味では、森に囲まれているわけではない中南部のそば屋は差をつけられている。北部に名店が多いのはもしやそういう理由からだろうか。



他には連続性の問題もあるかと思う。かの戦争で、ご存知のように中南部は激烈な地上戦の戦場と化した。貴重な百年物の泡盛の古酒は戦争でそのほとんどが失われた。そんな中、そば屋も含め沖縄中南部は歴史がいったんリセットされてしまっている。中南部からの疎開地になっていたやんばるは、そういった意味では戦争の影響はまだ少なかった。なのできしもと食堂のように、戦前からのそば屋が今もその作り方を含め残ってきているのではないだろうか。


今の沖縄はすっかり平和になった。もちろん米軍基地はたくさんの沖縄の土地を占領しているし、米兵による横暴もないことはない。米兵所有の車「Yナンバー」の車を避けて運転するのは沖縄住民の間では常識である。しかしかの戦争の時に比べると、またアメリカ占領時代と比べるとずっと平和になったと思う。そんな平和な首里の丘の上で食べるそばはしみじみと旨かった。また首里と訪れた際にはぜひ訪問したい。


御殿山

昼総合点★★★☆☆ 3.8



関連ランキング:沖縄そば | 儀保駅首里駅


 | HOME |  »

Calendar

« | 2018-10 | »
S M T W T F S
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

Monthly

Categories

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Appendix

ハム丘ハム太

ハム丘ハム太

主に京都のラーメンを食べた日記です。生まれながらの麺食いなので他の麺類ももちろん食べます。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。